voyaju’s blog

書籍の全編紹介です

(2)『悟りの風に吹かれて』

瞑想

 

 「ただ座れ!」と、道元禅師が話しました。

 

 「幸せへの道」を知りたければ、座禅を通して、自分の内側にあるものを発見しなさいということです。では、自分の内側には何があるのか?

 

  まずは、内臓など目に見えるものがあります。

  脳もその一つです。脳は実に性能のよい臓器です。メモリーやハードディスクの容量も多く、座禅瞑想を始めてみようと目を瞑ってみると、あなたは、実にさまざまなことを思い出していくことでしょう。今日の仕事のこと、心配事、嫌いな人のこと、悩み、昨日の出来事、小さい頃の思い出……

 

  あなたの脳に蓄えられている記憶や一時のメモリーは、あなたから落ち着きを奪い、静かに座ることを、悉  (ことごと)く邪魔しはじめます。

 

  長短の「記憶」は、「自分の内側にあるもの」を発見していくためには、とっても邪魔なゴミ屑のようなものです。目をつぶる行為は、つまり座禅瞑想は、本当の自分を発見するために欠かせない道具(ツール)ですが、開始当初は、まるで記憶の掃除屋として機能し始めます。雑多なものでごちゃごちゃの頭の中を綺麗に整頓し始めていきます。

 

  それは、人によってはとっても不快なことで、よく「目を瞑って座っていられない」と瞑想体験初心者が、私にアドバイスを求めてきます。その時は、「それで十分前に進んでいるから、続けてくださいね。頭の中を掃除していると思ってね」と伝えます。

 

 ごちゃごちゃの頭の中が綺麗に整理整頓されていくには、かなりの時間を要します。瞑想には、さまざまな効果がありますから、掃除が全てとは言えませんが、掃除をしなければ前に進まないのも事実です。

 

 結論からお伝えしますが、自分の内側には肉体を除けば、「魂」と「精神」と「心」があります。そして、その中の「心」を通して、「宇宙意識」や「神」と呼ばれるものと繋がっています。「神」は、「愛」とも「叡智」とも言い換えることが出来るものです。それは、古来より求道者が、修行を通して発見してきたものです。「宝」とも「幸せの青い鳥」とも言われてきました。

 

 その「幸せの青い鳥」には、座禅瞑想という聖なる行いを用いて、誰もが出会うことが出来ます。誰もがです。年齢も特に関係ありません。

 

 誰もが会うことが出来る「神」ですが、簡単には出会うことが出来ないから「宝」とも呼ばれてきました。その宝探しの旅には、この地球に生まれてきた自分が一体本当は何者なのだと強く知りたいと願う意志が必要です。「求道の精神」です。「菩提心」です。

 

 瞑想は、道具に過ぎませんが、お金がかかるものでも、お金を出して習いに行かなければならないものでもなく、誰にでも無償に与えられている神聖な修行です。

 

 放っておけば、欲や不安や、嫉妬や見栄で、汚れ切ってしまう人間という生き物。この業(過去性も含んだあらゆる記憶のこと)が深く、意地汚く、弱い存在を、強く美しい存在へとクリーンアップしてくれる瞑想。

 

 道元禅師は「座れ!!!」と、救いを求めてやってくる求道者に、喝を入れ続けました。禅師が生きた鎌倉時代から数えて、800年の時が過ぎ去ろうする令和日本の空を少し見つめてみてください。今でも禅師が、時空を超えて、欲や不安や、嫉妬や見栄で、堕落し、腐り切った子孫を睨んでは、まなじりに力をこめ、声を大にして、私たちに喝を入れてくれる声が聞こえてきませんか?

 

  「お前たち。本当の自分が何者か思い出すのじゃ!つべこべいうな!!」

 

  「座れーーーー!!! 馬鹿者が!!!!」

 

  「喝あーーーーっつ!!!!!」

 

 

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